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その3
1999年

和音楽器をダブルで失ったショッックで

『そしてまりもは途方に暮れる』とハスキーに歌うまりもであった

そして、僕とよっぴんは想い出の聖地『善ちゃん』に足を延ばす
ふたりだけの新年会。

善ちゃん:中村区大門スタジオVのそばの居酒屋


▲善ちゃんのおかあさんとよっぴん
昭和初期レトロなムード(平成なんですけどね、、、)

よっぴん邸の水槽に居た『まりも』を食べてしまった金魚は
その後、どういう理由からか、
よっぴん邸から、この善ちゃんの水槽に住む場所を変えていた。

夜店出身の金魚は、善ちゃんの水槽の中で大きく育っていた

よっちゃんは、ハムエッグ
僕はチャシューを食べていた時だ!!

「いわいさんが いいじゃない?」

昔からの友人であるギターいわいさん(八坂君)
即座に電話で直撃、快諾をいただく
携帯電話なんて無かった時代だから、お店の外の緑の公衆電話から
電話したっけ


彼は
曲の背景をバッチリ押さえられるヒトで
まりもの曲に風景画を加えていく存在だった
僕の描く抽象画にも、意味を感じ取ってくれるヒトだった

ちなみに、まりものホームページの立ち上げも彼の手によるものです

3ヶ月のリハをへて
4月に得三にて、ライブ復帰

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KOI(ボーカル・ハープ)
よっぴん(ベース)
いわいさん(ギター)
鬼頭哲(サックス・シンセサイザー)
ナイチン(ドラム)
中西健雄(パーカッション)
あっくん(照明)
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このメンバーで7月には京都「拾得」へ
京都の錦市場へ出向いた折
「おぉー 京都といえば京野菜!! この食材を使って料理したいなぁ〜」
と叫ぶ、料理上手な一面もある いわいさんでした
彼の作るイタリアンは最高に美味いんです!!

そして、
いわいさんが、スタジオリハの帰り道
ふらりと寄ったお店が伝説のバー尾張旭『BOSSA』だったのです
自分がバンドをやっていると言ったところ
即座にマスター(カズー氏)が
「じゃぁ うちでもやってよ!!」
なんて会話があったらしく
10月にはその「ボッサ」に初登場

ここは本当におもしろい店だ
まずマスター(カズー氏)がおもしろい
だから、お客さんもおもしろいヒト大集合!!
ノリノリってやつです

このボッサでのライブ経験が、今でもステージに立つ時の僕に大きく影響している


▲10/31 名古屋デザインフェスタ(栄ナディアパーク前)

(つづく)
1999年つづき

あやの以来の女性プレイヤーが加入する

殿岡ひとみ(=との)ビブラフォンプレイヤー

彼女は、うちのかみさんの高校の同級生で
当時ニューヨークにいたのだが帰省中で、
まりもの得三ライブをたまたま見に来ていて再会
彼女の家に、まりもの音源を持って
「是非一緒にやって欲しい」
とお願いしましたなぁ〜



ビブラフォン・マリンバ・キーボードをスタジオに
無理やり入れ込んで、リハをやったこともありました
あれは狭かった、、、
小室ファミリーより狭いと思われた


▲当時のスタジオ立ち位置図

彼女は日本とアメリカを行ったり来たりで、帰ってきたときには
一緒にライブをやっていた
彼女は普段「キテレツ大百科」の”コロ助”みたいな声なのだが
英語を話すとトーンが低くなる
そのギャップがおもしろかったなぁ〜

2000年
得三の新春お年玉ライブのホストバンドとして
企画ライブをおこなう

まりもメンバー以外のゲストはすべて女性というものであった
当日の模様→ 

そして4月には 1st CD 「スープショップ」を発表
天国・この公園でまた遊ぼう・SOUP SHOP・TOO HIGH
4曲入り


この時期のライブの模様はmarimoのHPで→ 

得三とボッサでのライブが中心になっていくmarimoであった
特にボッサでは「天国」というナンバーが大ヒット!!
大盛り上がりの夜を作っていくのであった


▲鬼頭哲・・・このかたも楽器が多いですなぁ〜 灰皿もあります♪


▲中西健雄・・・キュートですなぁ〜

(つづく)
つづく その4 →