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1 2 3 4 5 6 その4 2001年つづき
その年の夏、バンドをやり直そうとしたまりもは
和音楽器プレイヤーをさがしつつ
よっぴん、ナイチンと3人でドラムンベースに挑戦するのだが
やはり和音は必要だ!! ということになり
まりも至上、初のメンバー募集をする
僕は
ライブハウスやレコード店に募集チラシを張りまくったのだが
見つからずに、トホホ、、、
となっていたのだが
ナイチンがネットで募集したところ
返信があった!!
インターネットってすごいのねぇ〜 と思った
その人こそ
現まりもギタリスト!! 「渡辺はじめ」
その人であった!!
とりあえず、一度セッションしよう!!ってことになり
現れたるは二枚目のナイスガイ!!
ジミヘンの「FIRE」をギター弾きながら歌ったり
高速ライトハンド奏法を披露したり
100%の自分をたった一回のセッションで元気モリモリだった彼と
これからやっていけるって、確信しました
よし!! バンドやり直しだぁ!!
やり直しのライブは尾張旭「BOSSA」
はじめちゃんは、いかんなく自分を表現し
燃え上がるライトハンドは見えないくらい早かった
これですわ!! バンドは!!
2002年
はじめちゃん加入で再発進したまりもは
この年の秋に
僕の大学時代の友人
加藤ヨシカズが鍵盤で加入
実は僕が大学に はいって初めて一緒にバンドをやった人こそ
ヨシカズなのです
その時のバンド名は「ザ・ミッドナイト・アワーズ」
ウィルソン・ピケットなバンドでした、、、
彼はとにかくまじめな男で、石より固い意志を持ち
まりものサウンドにチカラを与えてくれた
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KOI(ボーカル・ハープ)
よっぴん(ベース)
渡辺はじめ(ギター)
加藤ヨシカズ(ピアノ)
ナイチン(ドラム)
あっくん(照明)
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この年は、ほとんどが「BOSSA」でのライブであった
この頃から、ボッサのFOOD MENU では「大盛」より多い
「よっぴん盛り」というメニューが登場
ライブ後のよっぴんは、どうやらお腹がペコリーーンだったようだ
2003年
6年間、苦楽を友にしてきたドラムス・ナイチンが旅立つことになる
よっぴんは、その時 はっきりと
「やめるなよ!!」と言った
僕は衝撃を受けた
色んな理由でバンドを去る人に対して、
モウレツに引き止めれない僕なのですが
こんなにストレートに
自分の思いを伝えられる人
それが よっぴんなのです
▲ よっぴん うそつかない
ナイチンも随分悩んだみたいだけど
後任のドラムが見つかるまでやってくれることになった
感謝してるよ ナイチン!!
これが、おもしろい展開になっていくのだが
ナイチンの奥さんのチヅキちゃんがボーカルでやっていたバンド
「キューブ」のドラムが
現まりもドラマー 市川広幸こと「どいちゃん」その人なのだった
彼はまりもの古巣スタジオ「スタジオV」の店員だったのだが、
久しぶりの再会に感動した僕とよっぴんとナイチンは
どいちゃんに後任ドラマーをお願いすることになる
なんで市川君が「どいちゃん」なのかというと
あいさつが「ドイーーーッス!!」
なのだからです…
どいちゃんとの出会い
これも ひとえにナイチン夫婦のおかげです
そしてそして、この年の8月に鍵盤の加藤ヨシカズが旅立つ
そして、これもまた おもしろい展開になっていくのだが
ナイチンの奥さんのチヅキちゃんがボーカルでやっていたバンド
「キューブ」のキーボードが (何度もすみませんm(__)m)
現まりもキーボード宮田和英こと(ヒー・フー・ミヤッチ)
ミヤッチ その人なのであります!!
これも ひとえにナイチン夫婦のおかげです
みやっちは、一見まじめに見えるのだが
実際 まじめなのだが
僕のくだらんギャグのキャッチボールの出来る人で
たまに、切り替えされることもあり
ドキドキする存在です
ミヤッチに油断するなよ です
そして、現在のまりもになっていくのであります
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KOI(ボーカル・ハープ)
よっぴん(ベース)
渡辺はじめ(ギター)
宮田和英(キーボード)
どいちゃん(ドラム)
あっくん(照明)
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(つづく)つづき その5 →★