KOI(Vo & harp)が語る
marimo's history Part-2
     
 (聞き手:NAGOYA陽一)

 1993年に結成されたバンド「marimo」にとって翌94年というのは度重なるメンバーチェンジがあり、正に激動の一年であった。しかし、その一方では着実にその音楽ポテンシャルを拡大していった年でもあり、この年に作られ、以後バンドの顔的な役割を果たしている名曲達も多い。
 そんなアップ&ダウンの激しかった94年をヴォーカルの“KOIちゃん”こと小泉博嗣(ひろし)に語ってもらう中で、marimoワールドの実態がおぼろげながらも見えてきた。
(撮影協力:花蓮)
『ラジオマン(上)(下)』はバンドしての精いっぱいの戦略だった

Q:さて、94年というのは、まりも激動の年になるわけですが、
  まずその前に93年の暮れにキーボードでエレナが加入してますね。
  まりもを始めた時に「キーボードを入れよう」というのは考えていたの?

K:いや、考えていなかった。確かこの頃にライブハウスの企画かなんかで
  アンプラグド・スタイル形式のセッション・ライブがあって、
  エレナの弾く姿をそこで初めて見てさ、「すげーなー」って思って。

Q:彼女はこの当時、まだ20才ぐらいでしょ?

K:そう。でも、圧倒的な育ちの差を感じたもんねぇ。
  「こんな若い頃からこんなにちゃんと音楽できるなんて!」って思ったもの。

Q:そんな彼女が参加して、バンドのサウンド的にも大きな飛躍が見られましたね。
  僕は94年1月のボトムラインのライブを見てるんだけど、この時にKOIちゃんが
  「まりもは今年、東京に行きます!」って言ったのを聞いた記憶があるんですけど。



K:そんなこと言ってたっけ? 俺?(笑)

Q:確か言ってたと思うんですけど(笑)で、バンドの音もすごくよかったから、
  僕はライブの後で楽屋に行ってKOIちゃんに「これなら絶対行けるよ!」って
  言ったのを覚えてるんですけどねー。

K:多分それは東京進出して、デビューに向けてなんとかっていう意味じゃなくて
  東京へもライブをしに行きますっていう報告っていうか、
  そのぐらいの軽いものだったと思うなー。

Q:なんだ、盛り上がっていたのは俺だけか(笑)
  でも、そういう「バンドが行けそうだ」みたいな手応えはあったんでしょ?

K:うん。あったと思う(笑)

Q:「思う」ってなんだよ(笑)

K:はい!ありました!(笑)

Q:しかし、その後にバンドからギターのPicoちゃんが抜けてしまうんだよね。
  その後、バンドは2代目ギタリストとして鮎ちゃんを迎えて2枚組...じゃないや、
  デモ・テープだから2巻組か(笑)『ラジオマン(上)(下)』を発表してますね。
  なんで、2つに分けたの?

K:いやー、バンドとしての精いっぱいの戦略というか(笑)
  あと、この中に『スモーキン・ブルー』って曲が収録されているんだけど
  歌詞にコーヒーが出てくるので、この曲をコーヒーを飲みながら聴いてもらうのも
  いいなーって思って、インスタントのコーヒーパックを一緒に付けたのね。
  そしたら、コストがかかっちゃってさー。

Q:はっはっは!(爆笑) むちゃくちゃ安易な企画じゃん、それ。

K:ほら、音源だけだとなんか味気ないじゃない。
  だからそういう風になんかしてみたかったのよ。お客さんに喜んでもらおうと思って。
  ストーンズの『スティッキー・フィンガーズ』みたいなのをイメージしたわけよ。

Q:ジッパーとコーヒーじゃ、随分違うと思うけどねー(爆笑)
  でも、この時期に作られた曲で今でもやっている曲って多いよね。 
  『スモーキン・ブルー』や『閃きの光』とか『ハレルヤ』とか。
  特に『ハレルヤ』は僕、すげーなーと思ったもの。
  《ハレルヤと空見上げ、いい話聞かせて》っていうフレーズがあるじゃない?
  単純な言葉遊びで「ハレルヤ」と「晴れるや」をかけたんじゃなくて
  願いとか祈りみたいなこもった言葉としてかけているのが素晴らしいと思いますね。

K:おおっ!ほめてくれてありがとう!(笑)
東京でのライブの時にプロダクションの人が見にきてくれて
「いいけど、商売向きじゃない」って(笑)



Q:東京でのライブはどうだったの?

K:ブッキングにすごく恵まれていたっていうのがあって。
  対バンのお客さんなんだけど、こっちも好意的に迎えてくれたし
  ライブハウス側も僕らの音楽性を好きになってくれそうなお客さんが
  来てくれる時に入れてくれたっていう印象がある。
  だから結構好評だったよね。

Q:ギョーカイ関係者とか見にきたことはあったの?

K:何回目かの東京でのライブの時にメンバーの知り合いで
  プロダクションの人が見にきてくれたことはあったなぁ。
  「いいけど、商売向きじゃない」って(笑)はっきり言われたけどね。

Q:それ、わかるようなコメントだなあ(笑)
  だって、やってる本人達を見てるとそういう商売っ気みたいなものが
  ほとんと見受けられないもんね(笑)
  そういうこと、あんまり考えてないでしょ?

K:考えてないわけじゃないんだけど、その事を考えて音楽を作るのは
  疲れるというか...お金がからむと難しいでしょ?

Q:まあ、それはそうだけど、まりもを見てて僕がずっと感じてたのは
  やりようによっては、そういう方面でブレイクできるチャンスと実力は
  いつでもあったと思うんだよね。でも、そこから逃げてるわけでもないんだけど、
  サクサクとやるべき事をやっていくわけでもない。
  「名は体を表す」と言うか、いつもふわふわしている感じがして、
  時にそれが外野から見ていてまどろっこしく感じる時はあったけどね。

K:あー、そうなんだ。まあ、いつもあんまり深く考えていないというか、
  その時その時のバンドのベストの状態を出すことをまず優先させたいと
  思ってたし、今でもそれは基本的にそうだと思うなー。
  ただ、こういう性格なんで、後先をあまり考えずに行動して
  あとからしまったなーと思うことは時々あるけどね。

Q:デモ・テープにコーヒーつけるとか(笑)

K:あの時はいいアイデアだと思ったんだけどなー。
  また、よっぴん(ベース)も「そりゃあ、いいアイデアだ!」って(笑)

Q:よっぴんはKOIちゃんにとってどんな位置を占めてるの?

K:彼はですね、実はぶつかる音に関してはものすごくシビアなんですよ。
  だからバンドの中でもシメなきゃならない所は彼がシメてくれるので
  そういう意味では僕にとってとてもたよりになる人ですね。
自分の心情を「晴れればいいや」って歌ってしまったことで
それ以上に語るものがなくなった感じがした


Q:さて、94年に名曲『ハッピー』が生まれていますね。
  この曲は僕、かけ値なしに見てもいい曲だと思うんですけど、
  それと同時にまりもワールドというか小泉ヒロシという人の
  詞の世界の向こうにある価値観みたいなものを一番よく表していると思うんですけど。

K:あの曲の歌詞の中で、自分の心情を"晴れればいいや"って歌ってしまったことで
  それ以上に語るものがなくなった感じがして。
  その後で「この先、一体何を歌っていけばいいんだろう?」って考えてたな。


Q:確かに"晴れればいいや"っていう開き直りとも言うべき達観した部分と
  希望的な願いを込めた部分が同居してるよね。
  現実の世界から逃げを決め込むわけでもなく、
  ポジティヴに生きていこうとするこの歌の主人公は、
  僕の中の小泉ヒロシ像と見事に一致してて。
  で、これは歌に限らず
  クリエイティヴを伴う全てのモノに共通して言えると思うんだけど、
  自分の中から生み出されたモノっていうのは、どれくらいの割合で重なるかはともかく
  やっぱりその作者そのものを写し出す鏡だと思うんだよ。
  だからKOIちゃんのイメージを一番はっきりと描かれている
  この「ハッピー」が全てを語ってしまったっていうのはよくわかるな。
  ところでさ、marimoの曲全ての詞の世界って、
  抽象的な言葉で語られることが多いよね。

K:あー、それはよく言われるね。

Q:よく言えばシャイなんだけどさ(笑)
  「お前が好きだー」とまではいかないにしてもさ、はっきり言うのはイヤなの?

K:「お前がすきだー」は言いたくないなー(笑)

Q:大体、marimoの曲ってラブ・ソングってないもんねぇ。

K:なーに言ってんの!「ハッピー」はラブソングじゃん。

Q:《ゆるやかな坂降りる途中の木の下で待つよ
   ゆるやかに時刻んでくれるあの場所へいこう》
  っていうくだりでしょう?シャイだねぇ(笑)はっきり語るのは照れるんだ?

K:うん、照れくさいし、頭悪い気がする(笑)
  あと、その事で変に誤解されてツッコミを入れられて返すパワーもないし(爆笑)
  日々の時事ネタなどに対してそれにアンサー的な投げかけを歌うことよりも
  鼻歌を口ずさむ感じで歌を歌いたいんだよね。